DSP 06 · 伝達関数・極と零点・安定性

Chapter 06

伝達関数・極と零点・安定性

この章で「差分方程式 → 伝達関数 → 極零点 → 周波数特性と安定性」という IIR 解析の一本道を通す。

1. 差分方程式 — デジタルフィルタの実体

実装可能なデジタルフィルタは、次の線形定係数差分方程式で書ける:

\[ y[n] = \sum_{k=0}^{M} b_k x[n-k] - \sum_{k=1}^{N} a_k y[n-k] \]

直感: 「今の出力 = 入力の混ぜ合わせ + 自分の過去の出力の混ぜ合わせ」。 フィードバック項があると、入力が止まった後も出力が自分自身を材料にして鳴り続けられる。 これが「無限インパルス応答」の源泉。

標準形として、すべてを左辺・右辺に整理した形も使う(\(a_0 = 1\)と正規化):

\[ \sum_{k=0}^{N} a_k y[n-k] = \sum_{k=0}^{M} b_k x[n-k], \qquad a_0 = 1 \]

2. 伝達関数の導出

差分方程式の両辺を Z 変換する。線形性と時間シフトの性質(05 章で導出済み:\(x[n-k] \leftrightarrow z^{-k}X(z)\))より:

\[ \sum_{k=0}^{N} a_k z^{-k} Y(z) = \sum_{k=0}^{M} b_k z^{-k} X(z) \]

\(Y(z), X(z)\)はそれぞれ和の外に括り出せる:

\[ Y(z) \sum_{k=0}^{N} a_k z^{-k} = X(z) \sum_{k=0}^{M} b_k z^{-k} \]

よって伝達関数\(H(z) \equiv Y(z)/X(z)\)は:

\[ \boxed{ H(z) = \frac{Y(z)}{X(z)} = \frac{\displaystyle\sum_{k=0}^{M} b_k z^{-k}}{\displaystyle 1 + \sum_{k=1}^{N} a_k z^{-k}} = \frac{b_0 + b_1 z^{-1} + \cdots + b_M z^{-M}}{1 + a_1 z^{-1} + \cdots + a_N z^{-N}} } \]

一方、05 章の畳み込み定理より\(Y(z) = H(z)X(z)\)で、\(H(z)\)はインパルス応答\(h[n]\)の Z 変換でもある。 つまり:

差分方程式の係数\(\{a_k, b_k\}\)(実装コード)と、伝達関数\(H(z)\)(数学的解析)と、 インパルス応答\(h[n]\)(時間波形)は、同じフィルタの 3 つの顔である。

3. 極と零点

分子・分母は\(z^{-1}\)の多項式なので、因数分解できる。分子分母に\(z^{\max(M,N)}\)を掛けて\(z\)の多項式にしてから因数分解すると:

\[ H(z) = b_0 z^{N-M} \frac{\prod_{i=1}^{M} (z - q_i)}{\prod_{i=1}^{N} (z - p_i)} \]

係数\(\{a_k, b_k\}\)が実数なら、極・零点は実数か、複素共役対で現れる (実係数多項式の根の性質:\(P(p) = 0\)の両辺の共役をとると\(\overline{P(p)} = P(\bar p) = 0\))。

直感: ゴム膜のたとえ

\(|H(z)|\)を\(z\)平面上の高さと見なすと:

周波数特性\(|H(e^{j\omega})|\)は、このゴム膜を単位円に沿って一周切り取った断面の高さ。 極の近くを通れば山(ゲイン大)、零点の近くを通れば谷(ゲイン小)ができる。

        Im(z)
         │  ×p₁ (極: 単位円の内側スレスレ)
        _│_/ ← 単位円上のこのあたりの周波数でゲインが持ち上がる
      / │  \
     ○   │   │   ○ = 零点 (z=-1 に置けば ω=π を完全に殺せる)
─────┼───┼───┼───── Re(z)
      \_│_/
         │  ×p₁* (共役の極)
ゴム膜の 3D 図と周波数特性
図: このたとえをそのまま描いたもの。左の曲面が\(|H(z)|\)で、共役極対の位置に 2 本の支柱、\(z=\pm1\)の零点に 2 本のペグが見える。赤線 = 単位円に沿った断面が、右の周波数特性そのものになる。

4. 周波数特性の図形的解釈(導出)

\(z = e^{j\omega}\)を因数分解形に代入して絶対値をとる:

\[ |H(e^{j\omega})| = |b_0| \cdot \frac{\prod_{i=1}^{M} |e^{j\omega} - q_i|}{\prod_{i=1}^{N} |e^{j\omega} - p_i|} \]

(\(|z^{N-M}| = |e^{j\omega}|^{N-M} = 1\)なので消える。絶対値は積・商に分配される:\(|AB| = |A||B|\)。)

ここで\(|e^{j\omega} - q_i|\)は、単位円上の点\(e^{j\omega}\)から零点\(q_i\)までのユークリッド距離である (複素数の差の絶対値 = 2 点間距離)。よって:

\[ \boxed{|H(e^{j\omega})| = |b_0| \frac{\text{各零点までの距離の積}}{\text{各極までの距離の積}}} \]

同様に偏角について\(\angle(AB/C) = \angle A + \angle B - \angle C\)より:

\[ \angle H(e^{j\omega}) = \angle b_0 + (N-M)\omega + \sum_i \angle(e^{j\omega} - q_i) - \sum_i \angle(e^{j\omega} - p_i) \]

直感

単位円上を歩く点\(e^{j\omega}\)を想像する(\(\omega\): 0 → π)。

フィルタ設計とは、通過させたい周波数の近くに極を、消したい周波数の上に零点を配置するゲームである。

5. 安定性の定理と導出(この章のクライマックス)

定理

因果的 LTI システムが BIBO 安定 ⟺ すべての極が単位円の内側(\(|p_i| < 1\))にある。

導出

準備: 因果的で有理伝達関数を持つシステムのインパルス応答は、部分分数展開(05 章)により

\[ h[n] = \sum_{i=1}^{N} A_i p_i^n u[n] \]

の形になる(まず単根の場合を考える。\(M \geq N\)の場合に現れる\(\delta[n-k]\)型の有限項は有限和なので安定性に影響しない)。

(⇐)すべての\(|p_i| < 1\)⇒ 安定:

03 章の安定条件\(\sum_n |h[n]| < \infty\)を確認する。三角不等式より:

\[ \sum_{n=0}^{\infty} |h[n]| = \sum_{n=0}^{\infty} \left|\sum_{i} A_i p_i^n\right| \leq \sum_{n=0}^{\infty} \sum_{i} |A_i| |p_i|^n = \sum_{i} |A_i| \sum_{n=0}^{\infty} |p_i|^n = \sum_{i} \frac{|A_i|}{1 - |p_i|} < \infty \]

(等比級数は\(|p_i| < 1\)で収束。有限個の有限値の和は有限。)∎

(⇒)ある極\(|p_1| \geq 1\)⇒ 不安定:

対偶を示す。\(|p_1| \geq 1\)の極があるとする(\(A_1 \neq 0\)、簡単のため\(|p_1|\)が最大の極で他の極と大きさが異なるとする)。 このとき\(n \to \infty\)で

\[ |h[n]| = |p_1|^n \left|A_1 + \sum_{i \geq 2} A_i \left(\frac{p_i}{p_1}\right)^n\right| \]

\(|p_i / p_1| < 1\)より括弧内の和の項は 0 に収束するので、十分大きい\(n\)で括弧内は\(|A_1|/2\)以上。よって

\[ |h[n]| \geq \frac{|A_1|}{2} |p_1|^n \geq \frac{|A_1|}{2} \quad (\because |p_1| \geq 1) \]

\(h[n]\)が 0 に収束しないので\(\sum |h[n]|\)は発散。BIBO 安定でない。∎

重根の場合: 重複度\(m\)の極には\(n^{m-1} p^n u[n]\)型の項が現れる(05 章の z 領域微分から導かれる)。 \(|p| < 1\)なら、任意の多項式次数に対して指数減衰が勝つ: \(\sum_n n^{m-1} |p|^n\)は例えばダランベールの判定法で、隣接項比

\[ \frac{(n+1)^{m-1}|p|^{n+1}}{n^{m-1}|p|^n} = \left(1 + \frac{1}{n}\right)^{m-1} |p| \longrightarrow |p| < 1 \quad (n \to \infty) \]

より収束。よって結論は変わらない。∎

直感

6. 例: 2 次共振器で全部つなげる

\[ H(z) = \frac{1}{1 - 2r\cos\theta z^{-1} + r^2 z^{-2}}, \qquad 0 < r < 1 \]

極の導出: 分母\(= 0\)とおき、\(z^2\)を掛けて\(z^2 - 2r\cos\theta z + r^2 = 0\)。解の公式:

\[ z = \frac{2r\cos\theta \pm \sqrt{4r^2\cos^2\theta - 4r^2}}{2} = r\cos\theta \pm r\sqrt{\cos^2\theta - 1} = r\cos\theta \pm j r\sin\theta = r e^{\pm j\theta} \]

極は\(p = re^{j\theta}\)とその共役。すなわち半径\(r\)、角度\(\pm\theta\)の共役対

対応する差分方程式(伝達関数の定義を逆にたどる):

\[ y[n] = x[n] + 2r\cos\theta y[n-1] - r^2 y[n-2] \]

インパルス応答: 05 章末尾の結果より\(h[n] \propto r^n \cos(\theta n + \phi)\)型の減衰振動。

周波数特性: 単位円上の点が角度\(\theta\)付近を通るとき極までの距離が最小 (\(\approx 1-r\)) になり、 ゲインは約\(\frac{1}{1-r}\)倍に跳ね上がる。→ 中心周波数\(\omega = \theta\)、鋭さ\(r\)で決まるバンドパス(共振)特性

これで「係数 2 個の再帰式」「共役極の位置」「減衰振動の余韻」「共振ピーク」が全部同じものの別名だと分かる。

2 次共振器: 極の半径と共振の鋭さ
図: 極を単位円に近づける(\(r \to 1\))ほど、単位円上の点との最小距離\(1-r\)が縮み、ピークが\(\frac{1}{1-r}\)倍へ鋭く跳ね上がる。「極までの距離の逆数」という図形的解釈の実演。